今年の思ひ出!(その3)

 その2の続きです。浜名湖パーキングエリアで、急激な円高になっていることに気付きました。朝の板の薄い時間帯にヘッジファンドが円買いを進めたようです。大震災後の状況下で、これはまずいということで政府と日銀が動き出しました。G7諸国にも働きかけをして、何とか円高を止める方向性で動き始めました。
 この時には、大震災と原発事故などが発生しており、G7諸国が協調介入することで合意がとれたこともあり、瞬間的に米ドルが80円をつけた後、85円台までの円安が進みました。極端な値動きになり、介入によって、ヘッジファンドがたくさん破綻したようなニュースが流れていたのを記憶しています。
 為替については、ポジションを縮小していたこともあり、気になりませんでしたが、株価への影響が気になるようになりました。その時点では、自動車部品株などを多く保有していたこともあり、円高はよくない要素です。このあたりから、被災した工場などのニュースが出始めました。特に、トヨタ関連の自動車部品会社のことがフォーカスされていました。
 トヨタはかんばん方式をとっており、自動車部品の在庫などを必要以上にはもたない方式なので、このような部品会社が被災すると、部品在庫もなく生産が滞るということが起こってしまいます。このようなこともあり、自動車関連産業の株式はこのあたりから大きく売られるようになりました。
 どうしようかと迷う部分はありましたが、とりあえず大阪について、2泊してフェリーで沖縄へ向かうことにしました。フェリーは土曜と日曜日の移動であったので相場のニュースなどを取る必要もなく、あまり相場のことを考えずに移動をしていました。沖縄についてからは、株をどうするか考えていたのですが、今回の大震災による下げは一時的なもので、戻るのを待ってからポジションを外す方向性にしました。
 それからしばらくは、沖縄で犬の面倒をみながら、原発事故の状況や相場をみながら日々をすごしていました。原発事故については、4月に入ってからレベルが大きく引き上げられて、今回の原発事故がチェルノブイリ級の事故であることが正式に報道されるようになりました。しかしながら、相変わらず放射能の健康被害については、飛行機に乗ったほうが余計に被爆するとかいう専門家やNHKの報道がなされる状況でした。
 とりあえず原発事故も落ち着いた4月末ころ東京へ戻ってきました。大震災から約1か月半にわたる相場に関する顛末ですが、3月上旬まで順調に推移していたものの大震災&原発事故というイベントで、大きくやられるということを経験しました。特に、原発事故というこれまでにはなかった事象が影響したのが大きいと考えています。大震災だけということだと、阪神淡路大震災というのが過去にもあり、市場には大きな影響を与えなかったと思われます。その後の原発事故という想定外の要因が大きく影響したと考えています。
 7月ころには、戻った相場でかなりの株を処分できて、震災後に被った損失を1/3程度に減らすことができました。それからユーロ債務問題というころには、またポジションを落としていたのですが、9月中旬頃から買い下がるポジションを取り始めて、今年は数年ぶりに、大きなポジションを持って年を越すことになりました。
 原発事故もとりあえず収束へ向かう方向性です。来年については、ユーロ債務問題の拡大と増税論議に株式相場や為替相場の大きな要素となるのは間違いなさそうです。円高も続く可能性が高いと考えています。
 いろいろなことが起こった一年でしたが、来年はみなさまにとってもよい年となることをお祈りしています。
 
 

円高&株安の一年・・・

 海外市場でユーロが100円を割れて、今年の市場を終えています。米ドルも76円台まで売られて一年が終わりました。結局、円高というのが市場を大きく動かす年になりました。年初に想定したシナリオとしては、「悲観シナリオ」で終えることになりました。
 今年は、いろいろなイベントリスクが発生した一年でしたが、来年も同じようなリスクに晒されそうな気がしています。アラブの春、ニュージーランドの大地震、日本の大震災&原発事故、ギリシャ問題、ユーロ債務問題、アメリカの債務上限問題、タイの大洪水、オリンパスの損失飛ばし、中国不動産の暴落など、株価にとって後ろ向きなニュースがたくさんあった一年でした。
 今考えていることは、来年も波乱の年になるというのは間違いないようです。昨日の円高については、日本政府が増税路線を決めたことなどから円高になったといわれています。そうなるとすれば、株価は下落方向へ向かうことになりそうです。来年は、日経平均が7000円台へ突入することも想定して、動くのが正解だいうことになるかもしれません。
 世の中に不況でますます閉塞感が増していくのは間違いなさそうです。
 
 

ある歯医者さんのお話!

 ある歯医者さんのお話です。この方はもう歯医者を廃業して、引退生活をしています。二人の子供には、歯医者を継がせていません。二人の子供は、薬剤師と大手製薬会社のサラリーマンだそうです。彼の生活の糧は、投資不動産と年金です。
 彼の不動産投資歴は、1990年まで遡ります。あるワンルーム販売業者から「節税」商品として紹介されたワンルームを札幌に購入しました。最初の投資案件です。約20平米のワンルームマンションで、新築で1500万円くらいしたそうです。
 当時(1990年頃)、歯医者に暗黒の時代がくるというような予測がありました。歯学部の学生が増えて、数年後には歯医者が乱立する。しかしながら、子供の虫歯が減りつつあり、歯医者需要が減りつつあったからです。10年後の2000年頃には、3割の歯医者が淘汰されるというようなお話です。
 2010年の時点では、コンビニの店舗数よりも多い歯医者。当初の設備投資負担が大きい業種であり、日本中で破綻する歯医者が急増しています。現在では、開業した半分くらいの歯医者が3年以内に淘汰されているというお話です。
 このような見通しであったこともあり、この歯医者さんは、札幌での不動産投資を積極化していきました。2001年の時点では、札幌市内に、アパート2棟と、ワンルームマンションを20室を所有していたそうです。現在は、札幌市内の不動産はすべて売却して、東京に借金なしでマンション1棟を購入して生活資金に充てています。
 当初スタートで買った不動産が札幌市内のワンルームマンションで、1996年ごろまではずっと空き部屋にはならず、家賃が6万円程度(管理費を引いて5万円程度)も入っていたそうです。ところが、1997年から状況が大きく変わり始めます。たくぎん(北海道拓殖銀行)が破綻して、急激に北海道経済が悪化しました。
 彼が持っていた札幌の同じワンルームマンションの中古価格も1000万円くらいから一気に700万円くらいまで値下がりしたそうです。彼はチャンスと思い、投資物件を買い増していきました。2000年頃には、ワンルームマンションを20室を所有していました。2000年頃までは、賃料の値下がりは少なかったのですが、札幌市内の空室率が20%超えてきたといわれる2001年頃から雲行きが怪しくなってきます。
 これまで、5万円台であった家賃が一気に4万円台まで下がってきたのです。おまけに、賃貸の媒介不動産業者に家賃2か月分くらいの広告手数料を支払わないと部屋が埋まらなくなったのです。2000年に借金をして、購入したアパート2棟もあり、危機感を感じたそうです。このままでは、歯医者と同じような供給過剰のマーケットとなることに対する危機感です。
 個人の不動産投資ブームが到来した2004年~2006年頃に、札幌市内に保有していた不動産はすべて売却したそうです。安く買った物件については、売却益も取れたというようなお話です。現在まで、札幌の不動産をそのまま所有していたら破綻していたかもしれないという見解をもっています。全部売却できてラッキーだったと振り返っています。その売却資金でリーマンショック後に、東京で借金なしでマンション一棟を取得しています。
 現在の札幌のワンルームマンションの例をみてみましょう。酷い状況です。2000年頃には、5万円くらいしていた家賃は、2万円台に暴落しています。このマンションは、164戸のうち22戸が賃貸の募集をしています。マンションの管理費も1万円程度かかるものと思われ、賃借人がいたとしても、毎月の手取りは、1.5万円くらいであり、固定資産税や修繕費を支払いするとマイナスキャッシュフローになりそうです。
 このような現象は日本各地で起こっています。人口流入の続いている東京でも同じような状態です。札幌の状況を考えれば、東京も10年後には、同じようなことになる可能性も高そうです。このような状況をみれば、これから巨額の借金をして、不動産投資をする怖さも知るべきではないでしょうか。簡単に空室率20%はたいしたことないと考える人もいますが、需給が崩れると、賃料も大きく下落するようなリスクを認識することが重要なのです。
 世の中には、空室コンサルタントというようなある意味不動産オーナーを食い物にするようなお仕事もでてきています。不動産投資についても十分に勉強する必要があります。投資物件を選ぶ目をもち、長期に維持管理できる能力が必要な時代になっていることは間違いありませんね。
 
 
 

危機感のない投資家???

 知り合いの不動産投資家の方とのお話です。不思議なもので、危機感のない不動産投資家が多いという話になりました。ここ数年の賃料の下落や空室率の上昇に対して、空室率20%ということは、残りの80%は入っているのだから、満室にするのは簡単だというような論理がはびこっているということです。もちろん、そういう考えた方もあるかもしれません。
 東京でも空室率がここ2年くらいで、10%から13%くらいにまで上昇したという数値があるようです。このように需給が緩みだすと、次のような現象が起こり始めます。物件を借りたい人が多い場合には、物件の供給も少なく、いい物件があってもすぐに他で決まる可能性があり、借りる人は目の前のいいと思われる物件をその場で、決めざるを得ないのです。しかしながら、供給が多くなった場合には、物件は余っている状態であり、じっくり物件を吟味して決めることができるようになります。なので、なかなか決まらなくなります。
 最近、賃貸専業の不動産業者は、不動産を借りたい人がきても、10件以上、場合によっては、20件以上物件をみせないと決まらない状況になったと嘆いています。数年前は、だいたい5件も内見すれば、決まる状況であったので、かなり手間のかかる仕事になってきています。10件もみせるには、オーナーへの連絡や空き部屋の鍵の手配などはかなり大変な状況になります。
 今後とも、物件の供給は減らず、賃借人の需要が減っていくという状態が続くとすれば、3~5年後には、たいへんな状況になっている可能性も高いと考えられます。面白いのは、あまり危機感のない投資家に限って、中国は不動産バブル崩壊しているし、賃貸にも出されないような在庫物件が8000万戸もあるだぁなんて話をしています。
 ところが、中国の場合は、賃借人なりえる人があと6億人以上いることにはフォーカスしていません。今は価格が高くて借りられない層が多いのですが、不動産価格の下落と、収入が増加すれば、いつかは均衡する可能性があるのです。ところが、日本の場合には、少子高齢化によって、需給はますます緩んでいくことになります。
 年金に関しては、数年後には破綻するという話を信じる投資家が多いのに、それを補うための不動産投資は、大丈夫と考えているのが不思議でなりません。テレビのような大型家電などの場合は、需給が10%も緩むと、価格は20%~30%くらい下落するといわれています。同じようなことが不動産の賃料でも起こらないとは限りません。
 私も多くの不動産を持っており、危機感を持って対処しています。いろいろなことを試行錯誤しながら、答えを見つけていくという方法です。不動産投資関連の書籍はほとんどすべて読んで、そのノウハウの勉強をしています。ラッキーなことに私の場合には、テナント(店舗)物件では、延滞もなく運営できています。テナント物件では、お店自体が不況で困っているケースも多く、テナントの延滞で苦しんでいるオーナーなども多い状態です。
 こういう書き方をすると、不動産投資には否定的と思われがちですが、このブログにも書いている通り、事業に比較すれば、とても安定している部分もあります。ただし、多額の借金を伴う投資なので、それなりに勉強して、不動産を運営する能力を高めていくことが、不動産投資成功の秘訣であるということをお知らせしたいのです。
 例えば、収支計画についても、家賃が毎年5%づつ下落(10年では50%くらい下落)、空室率が30%くらいになっても大丈夫くらいの計画をして、投資することをお勧めします。特に、多額の借入金をして投資をする場合には、これくらいのシナリオでも問題がないくらいでないと、不動産投資によって、自己破産をするような事態になることもありえます。もちろん、銀行へ出す資料はもう少しいい数字でかまわないと思いますが、最悪に近いシナリオでも大丈夫くらいの感じが必要と思われます。
 そんなシナリオでも大丈夫な物件はありえないというご意見もありそうですが、その場合には取得時からでる余剰キャッシュフローをすべて、借入金の繰上げ返済にまわすくらいの収支計画をすればいいと思います。現金で、激安物件に投資するような場合には、問題は少ないと思いますが、不動産でも株式でも信用取引は怖いという認識が必要であることは間違いありませんね。
 
 
 

今年の思ひ出!(その2)

 その1の続きです。海老名のパーキングエリアで、何とか20リットルのガソリンを入れ終え、それから山中湖のマンションへ向かいました。足柄のPAでも20リットル給油しました。
 昼過ぎに、山中湖へ到着しました。そこには、平和な空気が流れていました。大震災後すぐで、まだ寒い時期だし、観光客がほとんどいない状況でした。そこで、とりあえずゆっくりすることにしました。テレビではまだたいした報道がなされていません。昨日のテレビ番組でも報道されていましたが、原発事故に関して、政府がかなりの報道管制をしているような状況になっていたのです。
 日本のテレビ番組をみながら、インターネットで海外のニュースのチェックをしていました。また、知り合いから武田教授のブログをみたほうがいいよというアドバイスもあったので、3号機爆発以降はずっとチェックしていました。このブログにも、原発事故に関する記事を書き続けましていましたが、いろいろとあって、結局は削除させて頂きました。
 海外のニュースでは、水素爆発の危険性について、いろいろな報道がなされていました。日本が開発したSPEEDIIという最新の機器をを利用して、放射能拡散経路などを報道しない日本政府の姿勢などがかなり批判されていました。日本にいたドイツ人、フランス人は、国が用意したフライトで、日本を離れて自国へ戻っていきました。もっとも多くの人が在留している中国人は、成田空港に殺到して空港がいっぱいになっていたことも、海外メディアでは報道されていました。
 この時点では、株価をみる余裕ができていたのですが、ある知り合いからの連絡で、某ネット証券が酷いことをしているという話がありました。日経平均先物オプションの証拠金不足などに対して、とんでもない証拠金を要求しているのでした。加えて、義捐金の送金などが要因で、みずほ銀行が送金などができないというシステムトラブルを起こしていました。
 私もみずほ銀行を使っていたので、このニュースにたいへんあせりました。ネット証券への送金はすべてみずほ銀行のインターネットバンキングを使用していたので、みずほ銀行からの送金ができなくなるとかなりやばいぞという思いになりました。仕方なく、値のついていた現物株を少し処分して、信用取引でたてていたポジションの現引きをして、信用取引のポジションを減らすという対処をしました。
 数年前にも同じようなトラブルを起こしていたみずほ銀行ではこんなことは再び起こらないだろうと高をくくっていたのが大間違いでした。FXを現金化していて、その資金を証券口座に移すということができない状態になってしまったのです。やむを得ず、信用取引ポジション残高を資産残高の20%程度まで落としたので、追証が要求されるような状況にはならないようにしました。
 それでも一部、現物と信用との2階建てになっていた銘柄もあったのでまったく不安がないという状況ではありませんでした。その夜、今度は静岡県東部の沼津市あたりを震源とする大地震に遭遇しました。山中湖も震度5強という地震が観測されました。しばらくは、大震災の余震があるとは思っていたのですが、激しい地震に見舞われてびっくりしました。
 その日の翌朝3時半ころ、目が覚めました。念のため、何か起こっていないかとテレビをみていると、米国人に対して、福島原発から半径80KM からの退避命令がなされたというニュースがCNNで報道されていました。これはまずいと感じて、朝8時頃に、山中湖をでて大阪方面へ向かうことにしました。
 途中、浜名湖のパーキングエリアについて、ふと為替レートをチェックしました。すると、米ドルが76円まで売られていました。ちょっと目をこすって見直しましたが、間違いなく76円でした。豪ドルについては、瞬間的に74円をつけていました。おいおいどうしたんだと思いながら、FXに関するニュースをチェックしていました。すると、日本の保険会社などが大震災の保険金支払いのために海外の資産を売却して、保険支払いに宛てるという思惑が台頭して、円高が進んでいるというニュースがありました。(続く)
 
 
 

取引時間が延びるたびに・・・・

 不思議なもので、東証の取引時間が延びるたびに、取引金額が減るというマフィーの法則でもありそうです。今回も前場が30分延長されてから取引金額が減少しています。思い切って、取引時間を短縮したほうがいいかもしれませんね (^^♪

証券会社での株式投資!

 知り合いからも疑問をなげかけれらたので、回答しておきます。証券会社の社員が自分で株式売買をしていいのかということに関して、疑問があるようです。外資系の証券会社の場合は、原則は自由に売買可能です。さすがに証券取引法で株式の信用取引は禁止されています。現物取引であれば、社内的に事前承認をとれば、OKです。ただし、最低でも一か月以上保有することを条件とされることが多いようです。
 日本の大手証券会社では、原則、株式投資は禁止されているようです。例外的に、取得してから6ヶ月以上保有する株式投資ならOKというのがあるようです。この点については、外資系では、証券取引を原則禁止すること自体が個人の自由な行動を制限するようなことはよくないという考え方にたっているのです。ところが、日本は不正行為を防止するために、原則社員が株式の売買を禁止しているようなケースが多いようです。
 もちろん、インサイダー情報などによって、株式取引をした場合には、外資系での罰則は、日本の証券会社以上に厳しくなります。日本の証券会社では、長期投資ならOKといいながら、実質的には、上司がそれをさせないというようなことが多いようです。これは例外的に社員が売買していると、上司の管理がなっていないような評価をされることもあるようです。
 私の場合は、外資系の証券会社に入社する前に、社員の個人の株式売買についてのルール(制限)を確認しています。驚いたのは、日系の証券会社に比較して、外資系が自由な点には驚いたものです。ただし、不正と思われるような売買をした場合の罰則の重さも日系とは異なっていました。
 不思議だったのは、外資系証券会社の社員であまり株式投資がうまいというような人が少なかった点です。私は、株式の売買に関する承認数ではNO.1でした。(笑) 内部的にはこいつは仕事しているかというような評判もあったようです。めぐまれていたのは、会社の株式アナリストのレポートを無料でみられたことです。もちろん、一般的に公表される前のアナリストレポートの情報えて、売買すると罰則があります。なので、公表された中から選択する能力は必要です。
 特に、ITバブル時のアメリカのIT株のレポートはメリットがありました。アメリカのIT関連株でも内容や推奨理由がよくわかり、その時にはかなりの利益を上げることができました。典型的なのが「AOL」です。個人的にも日本で、AOLの会員であったこともあり、10ドルくらいの高値圏での投資推奨があり、3か月で3倍くらいになって売却したのを記憶しています。

アーリー・リタイヤ!

 角山さんがアーリー・リタイヤについて、書いているので、私の感覚も書いておきます。私は2004年10月にサラリーマン生活を終えました。結局約20年サラリーマンをやって、原則、投資だけでの生活に入りました。私の場合は、株式投資で安定的に儲けられるという自信もなかったことあり、サラリーマンをやめる前に、不動産収入(正確にはキャッシュフロー)を年間1000万円以上にしてから辞める計画をしていました。辞めた時点では、実際には、不動産で、1500万円程度のキャッシュフローを確保していました。
 また、株式市場がよくなるだろうという思惑もありました。サラリーマンをやっていたのが、証券会社なので、あまり自由に株式が売買できないというのも理由のひとつでした。結果的には、思惑通り、2005年~2006年で、運用資産は、4倍以上になりました。当時はまだ不動産賃貸市況が今ほどは悪くなかったこともあり、株で儲けた資金で不動産投資を増やしていきました。
 2007年になり、株式ではあまり儲けられなくなり、2008年には、リーマンショックという事態になり、株の買い、FXでの外貨買いしかやらない自分の投資法ではやることがありません。なので、朝起きるとプロゴルファーのように、年間200日以上ゴルフラウンドをしていました。このような時期には魅力的な価格で不動産が買えるタイミングでもあり、投資不動産は増えました。
 困るのは、朝、目が覚めてさて今日は何をしようかと思うようなときです。私くらいの年齢だと、知り合いや同級生は、企業の部長や役員をやっているような時期であり、休んでいっしょに遊ぶなんていう余裕もない時期です。なので、趣味と実益を兼ねたようなことを考えながらいろいろとやっていました。最近では、若い事業家の方などにアドバイスをするようなことが増えてきました。とても楽しいと感じています。
 アーリー・リタイヤというと、好きな遊びをしたり、家族といっしょに過ごすように思われがちですが、それだけでは面白くないこともあります。やはり社会となんらかのつながりがあるとか、仕事を自由にするとかがないと不自由を感じることもあります。ただし、経済的には、問題がないので、自由な時間を楽しく過ごすための楽しみ方を考える必要があるのは間違いありません。
 大前研一氏などは遊びの天才です。でも、仕事をしているようで、していないような感じで、仕事とくらしをエンジョイしています。といいながら、ネット大学を作ってみたり、いろいろな活動をしています。月の半分くらいは海外にいるような生活をしながら、このような仕事もこなしています。
 私の最終的な目標は大前研一氏のような生活だと考えています。10年後くらいには、実現していると考えていますが、さてどうなることやら・・・・・・・・

増税は・・・・

 このまんが記事を読むとよくわかると思います。デフレ化での増税はますますデフレを増長します。

今年の思ひ出!(その1)

 今年で記憶に残っているのはなんといっても、3月11日の大震災です。2月末くらいまでは、今年はかなり勝てるという雰囲気で動いていました。3月11日(金曜)の午後2時45分頃に起こった大震災。ニュージーランドの大地震の記憶もある中での大震災でした。
 ちょうど、水天宮の整体院で治療を終えて、トイレにはいったところで、大震災に会いました。最初はたいした地震ではないと思っていましたが、長く続き、トイレの物が落ち始めて、急いでトイレをでましたが、みんな大きな揺れに動揺していました。地震の揺れが収まり、近所の喫茶店にいって、コーヒーを飲みながら携帯のワンセグでテレビをみていました。
 しばらくすると、津波の映像が映し出されるようになって、ぞっとしました。それから地下鉄で帰ろうとしましが、地下鉄はすべて停止しており、やむを得ず日本橋まで歩き、かみさんとともに、自宅まで、5時間かけて歩いて帰りました。まだ、うちへ帰っても原発のことなど報道はありませんでした。
 土曜日の朝から福島第一原発のことが報道されるようになりました。津波で原発の電源が失われ原子炉の冷却ができなくなっているという報道でした。翌日には、菅総理が現地へ赴き、せみのしょんべん作戦と揶揄された自衛隊によるみずかけがはじまりました。そして、運命の時間がきました。夕方4時ころについに水素爆発が起こりました。
 当時の枝野官房長官が涙目で、水素爆発が起こっても問題はないという発表をしたのを記憶しています。この時点で大量の放射能が撒き散らされていることに関しては、報道管制がかかり始めています。ドイツのメディアではこの2時間後くらいに、風向きなどから放射能がどのように流れていくかという報道がなされ始めました。
 私は、枝野氏の発表を聞いて、翌日の株式市場は大暴落だということを意識しました。大震災だけならまだなんとかなると思っていましたが、原発事故の発生によって、株式市場が大暴落することを覚悟しました。このときには、株やFXはかなり大きなポジションを抱えていともあり、かなり動揺していました。当日の夜は、海外の報道をみながら、これはすごいことが起きているということを意識しました。
 CNNやBBCでは、原発事故、特に水素爆発のことが大々的に報道されていました。この爆発が何を意味するかよくわからなかったのですが、海外のニュースをみて、如何に深刻なことかとうことを悟ったのでした。仕方なく、半分寝ながら夜通しで、海外のニュースを見ていました。
 そして、夜が開け運命の東京市場あく日がきました。早めに、事務所へいって臨戦態勢をとっていました。朝8時ころの為替市場は比較的落ち着いたスタートを切ったので、どうなるかなと固唾を呑みながら見守りました。想定したとおり、先物も含めて、個別株も大半が売り気配ではじまりました。
 午前10時過ぎになり、ぽつぽつと値のつく株がでてきました。この時点で、持ち株でもすでに売らなければならないレベルまで下落していた株がありました。しかしながら、一時的なものかどうかという判断をして対処する方針であったのですが、持ち株を売れるというような状況にはなりませんでした。
 そうしているうちに、午前11時に前場を終えて、日本テレビの報道番組をみていて、原発3号機の大爆発を生中継でみてしまったのです。この時点で、損切り等をすべてあきらめて、流動性のあるFXに集中してポジションをどうするか考えるようになりました。多くのアナリストは大震災で、円安になるという想定をしていたと記憶しています。私自身も円安、株安を想定していました。
 このときに考えたことは、円高になるよりも、株式相場で信用取引のポジションもかなりあり、万一の場合の必要資金を確保するためにFXの資金現金化することでした。3号機爆発をみて、これは、場合によっては、日経平均は7000円台にまで突っ込む可能性もあるという認識をしたからです。問題はできるだけ円安の局面で、換金することでした。
 日本では、原発事故については、あまり深刻に報道されていませんでした。しかしながらCNNなどの報道をみていて、私はこんなに酷いことが起こっているのだということに気付いていたのでした。夕方7時頃に、CNNで、日本大震災の被災地救済のために動いていたアメリカの空母が被爆したというニュースが報道されたのです。
 それから、かみさんと食事をしなら、しばらくは迷いましたが、身の安全を考えて、まずは東京を離れることを決断しました。とりあえず、マンションのある山中湖まで逃げることを考えましたが、ガソリンも少ししかありません。おまけにガソリンスタンドには長だの列ができていました。やむをえず、とりあえずは、川崎にあるかみさんの妹のうちへいきました。
 それからは、しばらく相場も見れなくなることも想定して、その夜の夜中に、すべての為替ポジションの手仕舞いをしました。翌朝早く、そこをでてなんとかガソリンが足りて、ガソリンスタンドのある海老名のPAへたどり着きました。そこでも、ガソリンは1台あたり20リットルしか給油できませんでした。途中で、大阪市の消防車が福島へ向かっている姿をみて、命をかけていくんだということをみて、泪がこみ上げてきました。(続く)